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アキレス腱反射でみる甲状腺機能低下症

  • 竜祐 久保田
  • 8月24日
  • 読了時間: 6分


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はじめに


「最近、なんだか身体が重だるい…」

「マッサージやストレッチをしても、肩こりや筋肉の張りがすっきりしない」

「以前より疲れやすくなった気がする」

40代を過ぎた頃から、このような原因のはっきりしない身体の不調を感じることはありませんか。年齢や日々の忙しさのせいだと考えがちですが、その背景には、もしかすると見過ごされている身体からの大切なサインが隠れているのかもしれません。

今回のブログでは、私たち柔道整復師が日常の施術のなかで何気なく行っている「アキレス腱の反射」の確認から見えてくる、ある内科的な状態について、少し深く掘り下げてみたいと思います。それは、長引く筋肉の不調と深く関わっている可能性があります。


筋肉の不調、その根源にあるかもしれない「エネルギー危機」


私たちの身体のすべての細胞は、活動するためのエネルギーを必要としています。そのエネルギー産生を調整するオーケストラの指揮者のような役割を担っているのが、喉のあたりにある「甲状腺」から分泌される甲状腺ホルモンです


このホルモンの分泌が何らかの理由で低下してしまう状態を「甲状腺機能低下症」と呼びます。これはいわば、全身の細胞が一種の「エネルギー不足」に陥っている状態。そのため、身体のさまざまな機能が全体的にゆっくりになります。


その影響は、特にエネルギーを多く消費する筋肉に顕著に現れることがあります。甲状腺機能低下症の方の30%から80%が、何らかの筋肉の症状を経験するという報告もあるほどです。


  • 全身の筋肉痛やこり、こわばり 


  • ふくらはぎなどがつりやすい(こむら返り) 


  • 腕や太ももに力が入りにくい(近位筋力低下) 


  • 「階段を上るのがつらい」「椅子から立ち上がるのが億劫」といった形で現れます。


  • 運動後の強い疲労感 


これらの症状は、筋細胞がエネルギーをうまく作り出せず、また使った後の片付けもスムーズにできなくなる「筋細胞のエネルギー危機」とでも呼べる状態から生じると考えられています。


特に、日本の成人女性における甲状腺機能低下症の主な原因は「橋本病」という自己免疫の働きに関連する状態であり、30代から40代の女性に多く見られます。女性の10人から20人に1人は橋本病であるとも言われ、決して珍しいものではありません。



アキレス腱反射が教えてくれること - 「ウォルトマン徴候」という視点


さて、ここからが本題です。私たち柔道整復師は、身体の状態を確認する一環として、ハンマーで軽くアキレス腱を叩き、足首が自然に動く反射を見ることがあります。これは「アキレス腱反射」と呼ばれる、誰にでも備わっている正常な身体の反応です。

通常、アキレス腱を叩くと足先がポンと下に動き、その後すぐに元の位置に力が抜けて戻ります。

しかし、甲状腺機能低下症によって筋肉が「エネルギー危機」に陥っていると、この反射の「戻り」が非常にゆっくりになるという特徴的な所見が見られることがあります。これを、発見した医師の名前にちなんで「ウォルトマン徴候」と呼びます。


なぜ、戻りが遅くなるのでしょうか?

その理由は、神経の伝達速度が遅くなるからではありません。問題は、筋肉そのものにあります。


  1. 筋肉が収縮した後、リラックス(弛緩)するためには、細胞内のカルシウムイオンを専用のポンプ(SERCAポンプ)を使って能動的に片付ける必要があります。


  2. このポンプを動かすには、エネルギー(ATP)が必要です。


  3. 甲状腺機能低下症では、このエネルギー(ATP)自体が不足しているため、ポンプの働きが著しく低下します。


  4. その結果、カルシウムイオンの片付けが遅れ、筋肉がなかなかリラックスできず、反射の後の「戻り」がゆっくりになってしまうのです。


つまり、アキレス腱反射の遅延は、筋細胞レベルで起きているエネルギー不足を、私たちの目で直接的に観察できる貴重なサインなのです。


このウォルトマン徴候は、顕著な甲状腺機能低下症の場合、**陽性的中率が92%**と非常に高いという報告もあり、診断の強力な手がかりとなり得ます。もちろん、この所見だけで判断を下すことはできませんし、加齢や他の状態でも見られることはありますが、長引く筋肉の不調を抱える方に対して、私たち柔道整復師が「もしかしたら内科的な側面も関係しているかもしれない」と考えるための一つの重要な視点を与えてくれます。



見過ごされやすい「静かな流行」


甲状腺機能低下症の症状は、疲れやすさ、気力の低下、寒がり、体重増加など、非常に多岐にわたり、一つ一つは誰にでも起こりうるものです。そのため、多くの人が「年のせい」「更年期だから」「疲れているだけ」と思い込み、医療機関に相談しないまま過ごしているケースが少なくありません。


日本のある調査では、治療が必要と考えられる甲状腺疾患の患者さんのうち、実際に治療を受けているのはわずか2割程度で、約8割もの人々が未診断・未治療の状態にある可能性が示唆されています。まさに「静かな流行(silent epidemic)」と呼べる状況かもしれません。


だからこそ、ウォルトマン徴候のような、客観的に捉えることのできる身体所見の価値は、現代においても決して失われてはいないのです。それは、ご本人が気づいていない不調の可能性を指し示し、適切な医療へと繋ぐための大切なきっかけとなり得ます。


まとめ:身体からのサインに、丁寧に耳を澄ますこと


原因のわからない筋肉の痛みやこり、だるさが続くとき。その背景には、筋肉だけの問題ではなく、身体全体のエネルギーバランスの乱れが隠れていることがあります。

そして、アキレス腱反射のような何気ない身体の反応が、その深い部分で起きている変化を私たちに教えてくれることがあります。それは、検査の数値だけでは見えてこない、身体の「声」そのものです。


治療によって甲状腺ホルモンが補充されると、多くの症状は改善に向かいますが、特に筋力の回復には数ヶ月から1年以上と、他の症状よりも長い時間が必要になるという報告もあります。 焦らず、じっくりとご自身の身体と向き合っていくことが大切です。


もし、この記事を読んで何か思い当たることがありましたら、それはご自身の身体と向き合う良い機会かもしれません。私たちの仕事は、痛みや不調の緩和をお手伝いすることですが、同時に、皆さまがご自身の身体の状態に気づき、健やかな毎日を送るための「きっかけ」を提供することも、大切な役割だと考えています。

あなたの身体が発する小さなサインに、これからも丁寧に耳を傾けていきたい。それが私たちの願いです。



(この投稿は、以下の科学的知見を参考にしています。)

  1. 論文1: Farid, E. S., & Menhem, E. G. (2023). "Hypothyroid Myopathy". StatPearls.

    • 解説: 甲状腺機能低下症に伴う筋症状(ミオパチー)について、その臨床像、病態生理、診断、治療法を包括的にまとめたレビュー論文です。甲状腺機能低下症の患者の30%から80%が筋症状を呈することなどが示されています。


  2. 論文2: Mehmood, T., & Sanson, T. (2008). "A classic sign of hypothyroidism: a video demonstration". Journal of the Royal Society of Medicine. Short reports.

    • 解説: 甲状腺機能低下症の古典的な身体所見であるウォルトマン徴候に焦点を当て、その臨床的価値を再評価した論文です。高感度な血液検査が可能な現代においても、この所見が92%という高い陽性的中率を持つことなど、その重要性を強調しています。


  3. 論文3: Duyff, F. A., Van den Bosch, J., Laman, D. M., van Loon, B. J., & Linssen, W. H. (1993). "Effect of treatment on skeletal muscle dysfunction in hypothyroidism". The American journal of the medical sciences.

    • 解説: 甲状腺機能低下症の治療を開始した後、筋機能の回復が他の生化学的指標(TSH値など)の正常化に比べて遅れることを明らかにした研究です。筋力の完全な回復には平均1年、あるいはそれ以上を要する場合があることを報告しています。


 
 
 

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